ライオンズクラブ国際協会100周年記念 -  受益者数17,000万人
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メルビン・ジョーンズ

メルビン・ジョーンズ

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メルビン・ジョーンズはライオンズクラブ国際協会の創設者であり事務局長です。

メルビン・ジョーンズはライオンズクラブ国際協会の創設者であり事務局長です。

100周年を祝うにあたり、創設者を讃えることは私たちにとって有意義なことです。約100年前、ライオンズクラブの初代の代表者が集まり、メルビン・ジョーンズの構想が現実のものとなりました。世界中の弱い立場にある人々の生活を改善するという世界的な運動につながる組織が正式に発足したのです。

メルビン・ジョーンズの奉仕への献身がこの価値観を具現化し、ライオンズクラブ国際協会を世界最大の奉仕組織へと発展させました。ライオンズクラブ国際協会を21世紀まで導いたメルビン・ジョーンズの構想は、ライオンズをさらに次の世紀へと後押ししてくれることでしょう。

その起源についてご紹介します。

略歴

メルビン・ジョーンズは1879年1月13日、アリゾナ州フォート・トーマスで、騎兵隊を指揮するアメリカ陸軍大尉の息子として生まれました。後に彼の父は転属となり、家族は東部へ引っ越しました。若きメルビン・ジョーンズはイリノイ州シカゴに自らの家を構え、保険会社に勤務したのち1913年に独立して保険代理店を設立しました。

彼は実業家の昼食会グループ「ビジネス・サークル」に加入し、まもなくその幹事に選ばれました。このグループは、会員の職業的利益を高めることを唯一の目的として、当時多数存在したグループのひとつでした。これらのグループは世論に訴えるものが限られていたため、消えていく運命にありました。当時38歳だったシカゴ実業界のリーダー、メルビン・ジョーンズには別の計画がありました。

メルビン・ジョーンズは自問しました。「情意欲 知性 野心を持つこの成功者たちがその能力を地域社会に活かしたらどうなるだろう?」こうして、彼の招きに応じてビジネス・クラブの代表がシカゴに集まって地域社会を支援する組織を立ち上げ、1917年6月7日にライオンズクラブ国際協会が誕生しました。

その後メルビン・ジョーンズは最終的に保険代理店から手を引き、シカゴの国際本部でライオンズクラブに専心することにしました。ライオンズクラブが社会奉仕に熱心な会員を惹きつけられるだけの信望を得ることができたのは、彼の力強いリーダーシップによるものです。

協会の創設者であるメルビン・ジョーンズは、協会外部からもリーダーとして認められました。1945年にカリフォルニア州サンフランシスコの国連機関でコンサルタントとしてライオンズクラブ国際協会を紹介したことは、彼にとって最も名誉な経験のひとつとなりました。

「人のためになることを始めるまでは成功したとはいえない」というメルビン・ジョーンズの個人的信条は、世界中の公共心ある人々を導く理念となりました。彼は1961年6月1日に82歳で亡くなりました。

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